実際そんなことはどうでもよかった。
俺が知りたい事はそんな事じゃなかった。
「・・・・・オイデ? オイデヨ。
ズットマッテルンダカラ。
フフフ・・・ フフフフ♪」
今俺の前では、
一体の血まみれの人形がいる。
俺の頭の中で疑問が乱闘していた。
コイツはどこから来たのか。
いったい何しに来たのか。
何故血まみれなのか。
・・・コイツは何者なのか。
まるで全ての記憶がかき消されたような感覚だった。
疑問ばかりは浮かぶが肝心な答えは何一つ浮かび上がらない。
それもそうだろう。
いきなり汚れた人形がこっちを見て薄気味悪く微笑んでいるのだ。
普通の人間ならば記憶ばかりか常識さえもわからなくなってしまいかねない。
この俺もその例外ではなかった。
肩が震える。身がすくむ。
こんなの女々しく情けない人間の行為だと思っていたのに、
俺はその場で身動きもとれなかった。
「ハヤクオイデヨ。
ズットマッテタンダヨ?
コッチコッチ。」
目の前の少女が手招きをする。
俺の身体は自分の意思とは関係なく動き出した。
まるで何かに引きずられるように。
「やっ・・・やめろぉぉ!!
やめてくれぇ!!!」
俺はいつの間にかに叫んでいた。
このままでは死ぬと思った。
馬鹿らしい。
死なんて怖くないはずなのに。
怖くなかったはずなのに。
「ダイジョウブ。
ミンナマッテル。」
まるでその瞳に吸い込まれるがごとく俺の身体は引きずられていった。
・・・あぁ・・・。俺は死ぬんだ。
何もかもがこれで終わるんだ。
死神ってのは、イメージしてたのはちょっと違ってたんだな。
白い光に包まれた時、俺は何故か冷静になっていた。
あぁ、これが俺の求めていた『死』の世界なのかと。
何の変哲もない朝、俺は友人の高志とたわいもない話で盛り上がっていた。
「俺さー、こないだ変な話聞いたんだよな〜。」
「ん? どんな話よ。」
「いやな? こないだ俺らライブしたじゃん?
そこに泣いてる女の子がいたらしくてさ・・・・・」
高志と俺、そしてあと二人ほど引き連れてバンドを組み、校内では何かと人気な俺たち。
高志はそのバンドのボーカルだった。
そのため人気も際立てて高く、気も軽い人間なのでしょっちゅう声を掛けられていた。
ライブを覗いていた男子生徒に言われたらしい。
お前は女たらしなんじゃないかと。
泣いている女の子は、確かに俺たちを見ていた。
今にも消えてしまいそうな声で、
「嘘つき・・・」
と言ってどこかに立ち去ってしまったとの事だった。
「お・・・俺、燃えるような恋こそは数えられないほどしたが・・・
恨まれるような恋・・・したことねんだけどな?」
「あ・・・そ。」
未だにとぼけた顔をしている高志を尻目に、
俺は空を見上げた。
あぁ・・・今日もまた雨が降る。
ライブの数日後、女の子の名前が俺達の耳に飛び込んでいた。
それは確かに、高志の言っていた「泣いた女」の名前だった。
「ぇー、次に福田茉莉の話だ。」
教室中に低い声が響いた。
いつもなばスースーと風の通り抜ける音しか聞こえないはずの耳に、
いくつもの小さなざわめきが聞こえた。
「もう皆も知っているのかもしれないが、
福田は月曜日の下校途中、霧陰町の崖から転落して亡くなられた。」
ざわめきがどよめきに変わる。
「自殺か他殺かはまだわからないらしい。
まぁでも注意するに越したことはないからな!
皆も危ない場所はできるだけ避けて通ること。
もちろん怪しい人には近づくんじゃないぞ!」
これ以上の問題を避けるためか、
今はどこの教室でもこんな話がされているのだろう。
俺は正直、その女の事なんかどうでもよかった。
俺には関係のない事だと思っていた。
いや、それどころか、
「うらやましい」
とさえ思ってしまったのだ。
これがもし自殺ならば、彼女の願いはこれで一つ叶えられたことになる。
なんてうらやましいんだろう。
今俺も、その願いを持つ一人だった。
俺は今までの生活に嫌気がさしていた。
いつものように毎朝8時に起きて、軽すぎるカバンを背負い込み自転車を走らせる。
行き着く先にはいつも寝るためだけの教室しかなかった。
結局、家にいても学校にいても、俺の生活が変わることなどなかった。
高志に会って、少しは変わるかと思っていた。
少しはやりたいことを見つけられるかと思っていた。
それでもダメだった。
これは本当に望むことじゃなかった。
それでも、今俺がこのバンドをやめれば、
こいつらも全員ばらばらになってしまうのだろう。
俺は他人の引き金を引く役割はしたくなかった。
ぁぁ・・・俺は他人を巻き添えにしなければ、俺の道を進めないのか・・・・・
俺は自分にあきれていた。
そんな自分に終止符を打ちたかった。
たとえ自殺でなくとも・・・もう一度やり直せたら・・・・・・・
「竜樹。竜樹!!!」
「あ゛?」
「338ページ!
何度言ったらわかるんだ!!」
俺がむしゃくしゃと考えているうちに授業は始まっていたようだ。
松崎はボーっとしている俺をターゲットにするのがお好きらしい。
まだ虚ろな目をあけて、教科書に目を走らせる。
「ユーリは答えを探していた・・・。
まだ見えぬ暗闇を、手探りに掻き分けて―――――」
俺は器用な人間だった。
目は教科書、口は音読。
しかし、頭だけは何故か女の事が離れていなかった。
「―――そして一つの宝石を見つけたのである。」
「はい。そこまで。」
松崎が俺を座らせる。
またいつものように俺は机に突っ伏した。
気が付くと外はもう暗くなっていた。
俺は全ての授業を寝過ごしたのだ。
昼飯も食べないまま。
俺はまた軽すぎるはずのカバンを肩に提げ、
教室を出ようとした。
「・・・・・ズット、マッテタンダヨ?
フフフフ♪」
俺のカバンは、いつの間にかにずしりと重くなっていた。
「ズットリューキ。ネムッチャッテタカラ。
フフフッ♪」
カバンの中には、
一体の人形。
いや、見た目こそは人形だが、
動きはまるで本当に生きているようだった。
うごめく人形・・・・
錯覚だと思うほどすんなりと、
俺の目の前へと浮遊してくる。
「リューキ。
ヤクソク。
イッショニイコウ?
ヤクソク。」
「な・・・なんなんだ・・・・お前・・・・・ッ・・・」
俺はまだ冷静でいられた。
これは夢なのかもしれない。
まだ俺は、眠っているのかもしれない。
「ヤクソク・・・シタヨネ?
ズットソバニイテクレルッテ。」
「や・・・く・・・・束・・・・・?」
何の話だ・・・
俺はこんなヤツと約束なんてしていない。
ましてや人形とだなんてコミュニケーションだってとってやいない。
それなのに、約束なんてできるはずがない。
「人違いだ。うせてくれ。」
「ヤクソク・・・・・・ヤブルノ?」
「お前と約束とやらはしていない。」
俺はわざと人形を見ないようにして、その場を立ち去ろうと背を向けた。
「・・・・・ムリダヨ?
ダッテ・・・・・・・・・
茉莉が連れてってあげるんだから。」
「・・・・・マリ・・・?」
聞き覚えのある名前に振り返る。
すると、お世辞にもかわいいと言えない人形が俺の胸に突進した。
まだ冴えきらない俺の頭は、既に地面へと向かっていた。
窓も割らず、ドアも開けず。
まるで俺自身が零体にでもなったかのように、
何一つ音を立てることなく宙を舞っていた。
「マリガツレテイッテアゲル♪」
まだ形相の戻らない人形は、俺を抱えるようにして共に宙を舞っていた。
考えるや否や、もう地面までの秒読みは開始されていた。
その時、何故か何処かからボールが飛んできた。
そのボールは、俺の胸元の茉莉に激突し、またもとの方角へと綺麗な弧を描いてもどっていった。
茉莉はその衝撃に耐えられなかったのか、言葉にもならない悲鳴をあげて俺の視界から去っていった。
その瞬間、まるで俺を取り巻くような突風が吹き、
俺は強い衝撃を受けることなく、地面へと放り出された。
「すみませーん!!」
一人の女子生徒が走り寄って来る。
「怪我なかったですか?
ぁの・・・私・・・方向音痴で・・・」
バレーボールでもしていたのだろうか。
運動神経の鈍い女の子は照れたようにはにかみ、
顔をほんのり赤くさせていた。
「うん。大丈夫。
助かった。」
「・・・え?」
「あ、いや。こっちの話。
ほら。皆まってるぞ。」
「あ!すみません!
ぁの・・・じゃぁ、失礼します。」
女子生徒は丁寧にお辞儀をして走り去っていった。
あの子がいなければ、今の俺は死んでいたのだろうか。
俺は家に帰ると、
あの福田茉莉の事が気になり、今までの卒業アルバムを確かめてみることにした。
すると、確かに小学校、中学と、同じ学校に通っていた事は確認ができた。
しかし、いつもクラスは違い、本当に話をするなど滅多にないほどのかかわりだったはずだ。
俺は、いつそんな約束をした?
いつそんな関わりを持った?
全てがわからないままだった。
俺は一日中、彼女の事を考えまくった。
その一日は、二度と彼女は俺の前に姿を現さなかった。
翌日。
再び軽くなったカバンを背負い、また俺は自転車を走らせた。
だが、俺はいつものように、
たわいもない話をする気分にはなれなかった。
「おい、どうした?
お前顔色悪いぞ?」
「あぁ・・・ちょっと寝不足なんだよ。」
「ハァ!? お前が!?
ぜってーおかしい!!」
「っるせー。ほっとけ。」
「へぇ〜・・・お前がねぇ〜。」
「しつこい。
―――――・・・ハァ・・・。」
「な・・・なんだ?
言いたい事あるなら言えよ?」
「・・・・・なぁ。」
「ん?」
「・・・・・お前。人殺しってどう思う。」
「ハァ!? お前いきなり何言ってッ・・・―――」
高志は俺の妙に真剣な顔に何も言えなくなったのだろう。
天を見つめてうなっている。
「う〜ん・・・そりゃあ悪いことだとは思うけどさ。
でもやっぱ・・・したくてするやつはいねぇんじゃねぇの?」
「お前さ。
お前のせいで、人が死んだら・・・・・どうする?」
「えっ・・・・どッ・・・どうするって・・・・・」
「もし・・・・・あの福田が、お前のせいで死んでたなら・・・どうする?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
高志は気まずい顔をしてそれ以降口を開かなかった。
俺はその時すでに気付いていたのかもしれない。
茉莉が見ていたのは高志じゃない。
この俺だって。
きっと茉莉が言う約束ってのも、全てが間違いなんかじゃないんだろう。
だとしたら・・・なんで俺が覚えてないんだ?
なんで約束をやぶらなきゃなんないんだ?
一刻も早くこの状況から脱出したかった。
もう二度とあの化け物に会いたくはなかった。
だけど・・・
約束した以上、会わないわけにもいかないのだろう。
俺はその日から、死を覚悟した。
それからしばらく、
俺は何事もなく、
またいつものような生活に戻っていた。
しかし、心だけはあの茉莉に会った日に置き去りにされていた。
「俺がいったい何したんだよ・・・・・」
はぁ・・・とため息をつきながらベースを担いだ時だった。
「あの・・・貴方、竜樹君?」
不意に後ろから声をかけられた。
「あ・・・はい・・・。」
それは俺たちのライブには到底来そうにない年頃の女性だった。
ましてや俺と面識もない。
だが・・・
どことなく見覚えのある・・・
雰囲気をしていた。
確かにこの人に会ったことはないのだけれど・・・・・
「うちの・・・娘のことなんだけどね・・・?」
その一言で、俺の頭には既に茉莉の形相がまざまざとよみがえってきていた。
目を見開き、いかにも狂ってしまいそうな俺をとどめて、
俺は茉莉の居た福田家に出迎えられることになった。
家柄はとても俺の住む場所とはちがう、別世界のような豪邸だった。
注がれる紅茶から、甘い香りが漂い、小さな部屋を香りが埋め尽くしていた。
「いきなり呼び出しちゃったりなんかして・・・ごめんなさいね。」
カタ・・・と目の前に洋菓子を置き、俺の前の席に腰をかける。
「いえ・・・。俺も丁度聞きたい事があったんで・・・」
注がれた紅茶を啜り、香りを体中にめぐらせる。
「・・・そうね・・・。
・・・・・茉莉はね。
昔はあんな娘じゃなかったのよ?
それはそれは明るい子でね・・・
皆から慕われて・・・いつも笑顔で・・・・・」
古ぼけた写真を片手ににこやかに話すおばさん。
しだいに顔色が曇り、口調も遅く、重くなっていく。
「・・・それなのに・・・。
あんな事故さえなければ・・・ッ!!」
ガシャン!!と勢いよく熱湯が零れ落ちる。
俺はその熱湯を、ただただ見つめるしかできなかった。
どうやら、
写真に写っている男性は、昔の茉莉の彼氏だったらしい。
しかし、ある日突然、不慮の事故で亡くなられたそうだ。
その事故があって依頼、茉莉はまるで抜け殻のように、ただぼんやりと外を見つめる事しかできなくなったらしい。
しかし・・・
それが俺に何の関係があるっていうんだ・・・?
俺が何をしたって言うんだ・・・??
俺の中では、いまだ悶々と答えの見つからぬキーワードが飛び交ってばかりいる。
「この写真・・・・・。
見てちょうだい・・・?」
小母さんは俺に古ぼけた写真を手渡した。
その写真に写っていたのは確かに笑顔の茉莉と・・・
「・・・俺・・・?」
いや、違う・・・。
確かに俺に似ているが俺じゃない。
そう・・・
この写真に写っているのは・・・
茉莉の彼氏のはずだから。
「あまりにも似過ぎていたのよ・・・
慎と貴方は。」
・・・・慎?
・・・あぁ、そうか。
それがこの、俺の名前なんだ・・・・・。
「あの子ね。
偶然、貴方達が入れていったライブの宣伝のビラを見つけてしまったの。
もちろん、はじめはあの子だって、
そんなとこ行くような子じゃなかったわ。
でも・・・そのビラのライブ光景の写真を見て・・・
あの子は飛び出してしまった。」
それからと言うもの、
茉莉は俺たちの「常連客」になっちまったわけか・・・
「一ヶ月前・・・貴方達が歌った曲は、
『Farewell』。
どうしてかしらね・・・
今はとても・・・貴方が憎らしく思えるわ。」
全てが見えた気がした。
まるでとてつもない鎖が、頑丈に獣を捕らえているようだった。
「ハヤクオイデヨ。
ズットマッテタンダヨ?
コッチコッチ。」
「やっ・・・やめろぉぉ!!
やめてくれぇ!!!」
「ダイジョウブ。
ミンナマッテル。」
「み・・・・皆?」
「ソウダヨ。
ダイジョウブ。
コワクナンカ・・・ナイ。」
「う・・・嘘だッ!!
皆なんているわけねぇ!!
高志だって・・・俺らのファンだって・・・皆生きてる!!」
「ソンナニ・・・・・ミンナガホシイノ?」
「ほ・・・欲しい?」
「ダイジョウブ。
マリガミンナツレテイッテアゲルヨ♪」
「ち・・・ちがう!!
そうじゃない!!
茉莉ッッ!!」
「・・・・・やっと・・・
呼んでくれた・・・。」
「・・・あ?」
俺の身体が・・・・・止まった。
「やっと・・・聞けた・・・」
「ぇっ・・・・ぉ、ぉぃ・・・」
何故だか、
さっきまで俺の足をつかんでいた人形は・・・
あの古ぼけた写真の時代に戻っていた。
「ホントはもっと聞きたかったけど・・・
もう・・・限界みたいだね・・・」
「茉莉・・・」
「ごめんね?
怖い思いさせて。
・・・でも・・・・・
聞きたかったの。
一度でいいから。
あったかい声・・・
聞きたかったの。」
何故だか俺は、この化け物を、
人だと思った。
「い・・・一度しかいわねぇぞ。」
「・・・・・え?」
「・・・忘れたりしねぇ。」
「へっ。
『愛してる』は天国にいる彼氏さんに言ってもらうこったな☆」
精一杯・・・
笑ったつもりだった。
翌日から、
茉莉が俺を襲うことはなくなった。
少し寂しい気もするが、俺はそれなりに頑張っているつもりだ。
まぁ・・・
少し男の部屋には似あわねぇが・・・
俺はこの「かわいい人形」が大好きだ。
きっと俺は・・・
今日の出来事を忘れない。
それが誰かの報いになるなら・・・・・・・
――― Good by ―――